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福岡地方裁判所 昭和61年(わ)1161号 判決

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

この裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一昭和六一年八月一五日午後三時五五分ころ、福岡市中央区大名一丁目一五番四二号天神第一〇ラインビル一階所在の有限会社山王酒販(代表取締役瀬戸弘司)が経営するコンビニエンス・ストアー「ABC」店舗内において、同社所有のサラミ三本(価格九八〇円相当)を窃取し

第二同日同時刻ころ、同店舗を出て逃走を企てた際、同ビル前路上においてこれを追跡し捕捉しようとしていた同店従業員小樋喜一(当時三〇歳)に対し、右手で同人のカッターシャツの襟元付近をつかんで押し返すなどの暴行を加え、よつて同人に対し加療約一週間を要する前頸部挫傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(強盗致傷の訴因に対し窃盗と傷害を認定した理由)

本件の訴因は、大略判示第一の窃盗を犯した被告人が、「直ちに同店舗を出て逃走しようとしたところ、これを同店従業員小樋喜一(当三〇年)に発見され同ビル前路上で逮捕されそうになつた際、同所において、逮捕を免れかつ窃取にかかる財物の取還を防ぐため、右手で同人の頸部をつかんで絞めあげるなどの暴行を加え、よつて同人に対し加療約一週間を要する前頸部挫傷の傷害を負わせた。」というもので、刑法二三八条のいわゆる事後強盗の犯人による致傷行為があつたとする同法二四〇条前段の強盗致傷の訴因であるが、これに対し、当裁判所は判示のとおりの窃盗と傷害とを認定したので、以下この点について説明を加えることとする。

事後強盗罪における暴行の程度は、同罪が強盗をもつて論ぜられる以上、強盗罪におけると同程度のものであることを要するのであるが、強盗罪の暴行とはその目的、態様を異にすることから事後強盗罪にあつては、逮捕者の逮捕行為あるいは財物取還を図る者の財物取還行為を抑圧するに足りる程度の暴行であることを要すると解されるところ、被告人の本件暴行についてみるに、前掲の関係各証拠によれば、以下の事情が認められる。

1  本件暴行の現場は、銀行、会社事務所、飲食店等が密集して立ち並ぶ通称「天神西通り」沿いの歩道上で、昼夜を問わず交通量や人の往来が多く、本件犯行は八月一五日の午後三時五五分ころで、これを見守る車が停車し、周囲に人だかりができる状況であつた。

2  被害者小樋は、判示コンビニエンス・ストアー「ABC」に昭和六〇年四月から勤務していたが、この間でも五、六回万引犯人を逮捕した経験を有し、被告人についても、以前に万引をした疑いを抱いていたため、犯行当日、被告人の姿を認めて事務所のドアの隙間から被告人の行動を注視し、万引をした確認が得られれば直ちに逮捕する態勢にあつたものであつて、同人が過去に空手の修業を積んでいたこととも相まつて、小樋には被告人を逮捕するについて相当の自信と余裕があつたことが窺われる。

3  判示第一の窃盗を現認した小樋は、直ちに被告人を追い、同店から約一〇メートル余りの歩道上で、サラミを持つていた被告人の右手を捕らえて停止を求めたが、被告人はサラミを左手に持ち替えて握りしめながら、右手で同人の襟元付近をつかんだうえ押し返すなどして逃れようとし、他方、小樋もこれに動じることなく、右手で被告人の左肩付近の着衣を、左手で被告人の右手首付近をそれぞれつかみ、両者その態勢で組み合つたまま、数分の間、激しいもみ合いの状況となつたが、この間、小樋は終始被告人を離そうとせず、被告人を押さえ付けるなどしながら通行人に警察への電話通報を依頼し、同人が現場住所の詳細がわからず小樋に尋ねるや、その時現場に来た近くの飲食店の店長に電話を交替するよう指示するなど、被告人の逮捕に向けて的確に行動するとともに、最後まで被告人を自分ひとりで取り押さえる自信があつたことから、周囲の通行人らに積極的に加勢を求めることもなく、結局、被告人は前記態勢のまま小樋ひとりに取り押さえられた形で逃走を断念せざるをえなかつた。

4  小樋はそのカッターシャツの襟元部分を一〇センチメートル余り破られ、前頸部に表皮剥離と皮下出血の挫傷を負つてはいるものの、その破損状況や受傷程度に加えて被告人も小樋からそのポロシャツの胸付近を破られていることなどに照らすと、これらは前記のような激しいもみ合いの過程で自然に生じたものとみられるのであつて、ことさら被告人が小樋の頸部を絞めあげ、あるいは喉仏をつかむなどによつて生じたものとはいい難い。

右のような諸事情を総合考慮すると、被告人の本件暴行は、いまだ小樋の逮捕行為、財物取還行為を抑圧するに足りる程度のものと認めるのは困難であるといわざるをえない。よつて、判示のとおり認定した次第である。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二三五条に、判示第二の所為は同法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するところ、判示第二の罪について所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官仁田陸郎 裁判官村瀬均 裁判官杉田宗久)

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